「ソフトウェアエンジニアに最低限必要な英語力」
TL;DR ソフトウェアエンジニアが英語を使えるメリットは沢山ある ソフトウェアエンジニアとして英語を”話せる”の期待値は低い ソフトウェアエンジニアに必要なのは英語より専門性 モチベーション 今度転職する会社で英語の勉強を頑張っている人達がいるので以下の発言をしたところ 自分が日本にいながら英語を話せるようになるのに相当な試行錯誤したので、他のエンジニアには高速道路を走って行けるように惜しみない支援をしていきたい — Takayuki Watanabe (@takanabe_w) December 21, 2021 興味がある人、役立つ人がいそうだった。英語でソフトウェア開発の仕事ができる日本人、職場が増えて欲しいと日頃から思っているため、ブログにて考え方や勉強方法を分割してしたためることにした。本記事でソフトウェアエンジニアとっての英語が話せるというのはどの程度のレベルなのかについて定義し、別記事にてそのレベルに到達するためにどのように勉強すれば良いのか説明する。また、これらの記事はソフトウェアエンジニアとして必要な語学力をどのように身につけるのかという点に重きを置いている。他の業界で通じるかどうか不明である。 予め断っておくが、全てのソフトウェアエンジニアは英語が出来ないとダメとか全てのビジネスで国外のユーザも含めて考えろ、その分野の No.1 を狙え等と言うつもりは毛頭ない。国内のユーザに特化したサービスというのは単一民族国家かつ島国で暮らす我々日本人にはとても需要があることはわかっている。一方で、英語が近年のソフトウェア産業における自然言語のデファクトであることや日本語より使用者の人口が多いのは事実だ。だから日本のソフトウェアエンジニアや企業にハッパをかけるために英語を習得したり企業の共通言語を英語化することでソフトウェア開発企業ならメリットがあるんだよ、挑戦できる企業はバランスを考えて挑戦して欲しいな、というくらいの考えで書いていると受け取っていただきたい。 そもそも英語は必要か? 人による。必要ない人は本当に必要ないと思う。 DeepL のように精度の高い翻訳機が出てきているのは事実で、近い将来技術が言語の障壁を感じなくさせてくれる可能性はある。僕は国内外問わず英語で仕事をしていきたいため、ここではポジショントークを展開させていただきたい。すなわち、ソフトウェアエンジニアが英語を使えるメリットと企業が共通言語を英語にするメリットを列挙していく。 個人が英語ができることのメリット ソフトウェアエンジニア一個人としてみたときの英語ができることのメリットはこの辺だろうか。 より多くのユーザに自分が開発したソフトウェアを届けられる 自然言語は流行りの技術と違い一瞬で陳腐化することがない 一次情報にアクセスできる(洋書や公式ドキュメントの翻訳は必要ない) 海外のカンファレンスでコミュニケーションできる。または登壇できる 同じ職種なのに日系企業より高待遇 会社の共通言語が英語であることのメリット ソフトウェア開発企業が英語を共通言語にするメリットはこの辺だろう。 より多くのユーザに自分が開発したソフトウェアを届けられるため利益が大きくなる ユニコーン[1]を探す競争から解放され、エンジニアの採用範囲が拡大する 日本語で作られたシステムをあとから英語対応する必要がない 日本語で書かれている既存の開発ドキュメントをあとから英語へ翻訳する必要がない などなど上げればたくさん出てくる。はじめの2つは人材取得の難易度に関わってくる。容易に考えられるシナリオが以下である。 日本語で商売をするとソフトウェアビジネスの最大のメリットであるビジネスのスケーラビリティが効きにくい 英語で同じようなビジネスを展開している会社と比べて儲からない 原資がないためソフトウェアエンジニアの給料は上げられない[2] 国内外資、海外で高待遇で同じような仕事があるため人材が流出する 採用したいレベルのソフトウェアエンジニアが少ないため採用が難航する タフな条件で採用活動に疲弊したソフトウェアエンジニアが退職する 深刻な人材難に陥る 実際に僕は日本語話者と英語話者の採用に関わっていたことがあるが、募集人数が桁違いに変わってくるのを経験している。ソフトウェアエンジニアの数というのはビジネスやソフトウェアのアーキテクチャを考える上で非常に重要な要素の一つだ。挑戦しようとしているビジネスやアーキテクチャを今後達成していく上で必要な人材を確保することはできるのだろうか、一度立ち止まって考えてほしい。 英語が”話せる”とは? ポジショントークはこれくらいにして本筋に入る。 道行く日本人に”英語を話せますか”と質問するとほとんどの人の答えは No になると思う。謙遜しているつもりでもなく、本人たちは至って本気で話せないと思っている。何をもって話せると話せないの境界があるのだろうか。 自分は話せないという幻想は自分が知っている英語話者の相対的な語学力から来る。みんなが知っている英語話者をイメージしてほしい。多分完璧なネイティブ英語を使いこなす知りもしないアメリカ人というのが日本の英語教育を受けた人の英語話者のイメージ像ではないだろうか。そのイメージは一生かけても追いつくことが困難な超人なので一旦忘れて欲しい。 質問を変えて準備をすれば話せますかや苦労はするけど話せますかと質問したらどうなるだろうか。今度は Yes という人が少し増えると思う。自分の見解ではここで Yes と答えた人はソフトウェアエンジニアとしては既に最低限は英語を話せる分類に到達している。ソフトウェアエンジニアの全員が英語が母国語じゃないし、それらの非ネイティブが日本人と比べてはじめから英語ができるわけでもないからだ。 ネイティブのような発音ができないため、英語が話せないと思い込んでいるかもしれない。発音記号を完璧にトレースする練習をしたくなるかもしれない。断言する。必要ない。英語はリズムとイントネーションで話す言語だ。発音が多少おかしくてもそれっぽい音が出ていれば話している文脈で何を話しているのかわかる。ソフトウェアエンジニアとして働く限り、ドメイン知識は話者間で共有されている。だから発音が多少おかしくても脳内で勝手に単語補完がかかり通じる。発音がネイティブと違うイコール英語を話せないということにはならないのだ。自信を持って日本語なまりの英語で話せばいい。その独特なアクセントは日本人としてのアイデンティティでありいわば Samurai English[3]なのだ。 また、そもそも業務の多くは会話ではなくコードとドキュメントの読み書きに費やされる。リーディングとライティングだったらできるという人は非ネイティブの英語話者としては中級者[4]に到達しているため胸を張ってほしい。 後日触れようと思っているが実際にはポジションごとに必要な語学力は変わってくるのだが、一般的なソフトウェアエンジニアの英語が”話せる”のハードルは日本人が思っているほど高くないということだ。
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2021-12-30 08:08:28